心と体のコラム

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今の自分をあきらめないで!
体の不調を当たり前だと思わないで!
元気に、きれいになれる力を誰でも持っている。 
それを知らなかっただけ、
教えてもらわなかっただけ。


VOL.1『太っているのは誰のせい?』

 人は、自分で生まれて、そして自分で生きていく力をつけて、成長していきます。そして今のあなたがそこにあるのです。ところが、多くの人は、自分の体を、自分で作ってきたという意識が本当に薄いのです。
例えば、太った方が、自分が太らせたというよりは、“誰かに太らされた”という感じで、「先生、なんとかなりますか」と相談にみえます。でも、自分が太らせたのだから、自分で元に戻す以外にないのです。それなのに、他人に預けてしまう。腰が痛い、ひざが痛いという方も同じです。「どうして痛くなったのだろうか…、こういうふうにしてみると痛いのが良くなっていくのではないか…。」と自分の体について目を開き、しっかり見つめて考える知恵がないわけです。でも、私たちの体は、皆さんが思っている以上に、相当のところまで、自分の力でよくしていけるようにできています。ただそのことを知らないでいるだけなのです。ですから、体に意識をむけるということが非常に大事なのです。

今日、家でお風呂に入る前に自分の体を鏡に映してごらんになってください。『そうか、○○年かけて自分がつくってきた体はこういう体だったのか。』というふうに、しっかりと見ていただきたいのです。そして、『これから先は、ここをこういうふうに育てていきたい。』と思ってください。こうして自分自身としっかり向き合った時から自分育てが始まるのです。
これから先も、この体で生き抜いていくわけですから、自分の体にもっと愛情をかけてください。そして体を動かし育て続ける作業をし続けてください。それは、自分自身を見据え、自分に立ち向かうことです。すると当然のように精神(こころ)も育ってくるのです。そしてそれが「よりよく生きる」につながっていきます。


VOL.2 『今日も体操に行く!』

きくち体操のある生徒さんとご近所の奥さんとの会話です。

Aさん「あら、奥さんどちらへ?」
Bさん「あら、おはようございます。今日は体操なのよ。」
Aさん「えぇ!まだ行ってらしたの?」
Bさん「ええ、もちろん。」
Aさん「何年続けてるの?」
Bさん「そうねぇ、もう10年は行ってるかしら・・・。」
Aさん「よく続くわねぇ。飽きないの?」
Bさん「飽きるとか飽きないとかそういうことじゃないのよ。
    あのね、私が行ってる体操はね、・・・・。
    あっ、もう、時間がないわ、また今度ね!」

 ここにあるような会話、長く「きくち体操」を続けていらっしゃる方には、一度ぐらいご経験があるのではないでしょうか。
「体操をしている」というと、趣味やお稽古事のひとつのように思われる方が一般には多いようです。ところが、きくち体操は“体操”と言う名前こそついてはいますが、「時間ができたからやる」とか、「体を動かすのが好きだからやる」とかいうものではありません。
“やらなくてもいいけれど、やったほうがいい”といった、何か毎日の暮らしにプラスαするためのものではないのです。
なぜなら、“きくち体操”は生き方そのものだからです。

「この世にただ1つの自分の命を最期の時まで大切にしながら年を重ねていく方法」だからです。
オギャーとこの世に生を受けた時から(あるいは受精した瞬間から)、私たちは死へ向かって生きています。毎日少しずつ老いていきながら。
これはどんな人にも平等です。ですから、“年をとる、老い” は当たり前です。
ただ、どう老いるか、どう年をとっていくか、つまり日々の生き方が問題なのです。

 ですから“年をとる、老い”を“生きる”“成長する”という言葉に置き換えると良いのです。昨日より今日そして、今日より明日と毎日自分自身と向き合う作業をしながら毎日を積み重ねていくと、「もう年だからひざが痛くてもしょうがない。」「腰がまがっても当たり前。」
「太っても食べたいものを好きなだけ食べたほうが楽しいわ。」といった言葉は自然に出てこなくなるはずです。
ひざが痛いのは年のせいではありません。腰が曲がるのも年のせいではありません。
きちんと自分を育て続けていれば年をとってもシャンとして颯爽と歩くことができます。
太りすぎて体のあちこちが不調になって、「あそこが痛い、気分がすぐれない。」と不平ばかりの日を過ごすためにあなたはこの世に生を受けたのではないはずです。

『そう、確かに理屈は分かる。だけどよっぽど意志が強い人でなければ、そんなに毎日きちんと自分と向きあうことなんてできないわ。』と、誰もが思うはずです。
そのとおりです。ですから、冒頭の会話に出てくる生徒さんのように、週に1回あるいは2回教室に通うのです。そこには同じようにしっかりと生きていきたいと思う仲間がいて、目標になる素晴らしい先輩たちがいて、また気持ちをあらたにすることができます。
そして授業中の教室には皆さんの「気」が満ちていて、家で一人で体を動かすよりも、より深く自分自身を感じ取り確認することができるので、体もよみがえり、心もすっきりと軽くなるのです。
「よーし!」とまた気持ちが充実してくるのです。

 きくち体操は何年続けても、資格も御免状もありません。
なぜなら、「これでいい」という区切りがないからです。
生きている限り続けることだからです。
ですが、自分の命を最期まで輝かせながら生きていくことができるという人生最高の贈り物を自分で自分にすることができるのです。
だから、何年も、何十年でも「今日も体操に行く!」のです。


VOL.3 『一日に何度気づけるか!』

 きくち体操ではよく「自分の体から気を離さないで!」と言います。
自分の体に意識を向けている時間をできるだけ長くしたいからです。

 無意識の時のあなたの体はどうなっているでしょうか。
背中はまるくなっていませんか?
おなかはだらしなくぼよーん(笑)としていませんか?
無意識だと、自分がそうなっていることにも気づきませんよね。
街を歩いていてウインドウに映る自分の姿にハッ!とできればいいのですが・・・。
いつもそうはいきません。

 無意識だとなぜいけないのでしょうか。
あなたがいつも、背中がまるく、おなかがぼよーんとしたままでいると、それが当たり前の姿になってきます。
ぼよーんとしたおなかのままではおなかの筋肉がどんどん弱っていきます。
おなかが弱ると腰やひざも弱ってきます。
体に意識を向けていないと、ひざが曲がり、腰が曲がっていっても、毎日少しずつ変わっていきますから本人は気づきません。
そして、ひざが痛くなり、腰も痛くなっていくのです。
あなたは病院に行くかもしれません。
あるいは整体に通うかもしれません。
その時は一旦は回復するかもしれません。
でも、今のあなたの体を長年かけてそうしてきたのはあなた自身ですから、それまでと同じように、体に無意識な生活を続ければ、またもとの痛いひざや腰になってしまいます。
そこであなたは言うのです。
あきらめたように。「歳だから、しかたないよ。」

 本当にそうでしょうか。

 菊池先生はもちろんですが、きくち体操の生徒さんを見ていると、「歳をとったから」はまったく言い訳にはならないことが良く分かります。
素晴らしい先輩たちが、日々、年齢の重ね方のお手本を見せてくださっています。
これこそまさにアンチ・エイジング。
その鍵が「体に意識を向けること。自分の体から気を離さないこと。」なのです。

 いつも、体から気を離さないでいると、自分の体の変化に気づくことができます。
良くなってきているのが分かるのはもちろんですが、きくち体操の動きをしながら、「あっ、少し腹筋の力が弱ってきた。」
「ひざが充分にのびなくなってきている。」「足首回しがしづらくなってきた。」
というふうに自分で自分の体が分かってくるのです。
そして、その時にどうしたら(どういう動きをしたら)以前良かった時の状態に戻せるか、これ以上痛くならないように踏みとどめられるかが判断できるようになってきます。
それは、日々自分の体に真剣に向き合っているからこそなのです。

 あなたの体は、あなただけのものです。
その心地よさも、痛みもあなたにしかわかりません。
だからいつも意識を体に向けて、自分の体を自分のものにしていて欲しいのです。
ひざも、腰も、背中もおなかも、指先も、体全部とあなたの意識がつながるようにしていて欲しいのです。
そのために動くのが「きくち体操」なのです。
あなたはそのひざで、その腰でしか生きられないのです。
あなたの体でしか・・・。
このこと、当たり前すぎて、忘れていませんか。

 それでも私たちは四六時中体操をしているわけにもいきません。
なんといっても、忙しい毎日ですものね。
だからこそ、日常生活の中で体に意識を向ける努力をして欲しいのです。
台所に立つ時、おなかを引いて、肩甲骨を下げる。
電車に乗っている時に足の指をしっかり使って立つ。
手のひらを開いて指先1本1本に意識を向けてみる、などなど色々なことができます。
ただし、これができるのは、あなたが体に意識を向けた時だけです。
無意識ではできません。
ですから、『一日に何回気づくか』なのです。
あっ!おなか引かなきゃ。お尻の筋肉を寄せなきゃ。
肩甲骨下げよう!足の指を意識して立とう!というふうに。

あなたは一日に何回気づくことができますか?